聖書箇所ーⅠコリント15:50~58
◇「58:わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」。今年度の標語となる聖句としてこれが選ばれた。
◇直前の57節までは、主イエスの復活によって起こる私たちの変化である。「51:わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません」。「52:ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます」。
◇律法の戒律によって人は自分の罪を知り、それによって罪に対する罰である死を恐れる。「56:死のとげは罪であり、罪の力は律法です」。しかしキリストの復活によって「54:死は勝利にのみ込まれた」。この「勝利を賜る神に、感謝しよう」と言うほかはない。
◇そして「58:わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい」。「主の業」とは教会で捧げる奉仕、献金、礼拝出席から始まって、教会役員やCS教師、奏楽、生け花、会堂掃除など様々な働きがある。
◇教会で求められるそれらの奉仕の他に、社会の各場面で勤しむ私たち自身の働きがある。どちらも尊い「主の業」であり、主への奉仕なのだ。「58b:主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」。
◇私たちが知っているのは、キリストの十字架の後に起こった復活の勝利だ。それを信じる信仰によって、大勢の有名無名の人々が素晴らしい働きをしてきた。それらは神の評価を受けただろうか。私たちには分からない。
◇「命じられたことを果たしたからといって、主人は僕に感謝するだろうか。あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、「わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです」と言いなさい」(ルカ17:9-10)。
◇評価されるよりも、「主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っている」。それで十分ではないか。「56:死のとげ」も恐れず、「58:しっかり立ち、主の業に常に励み」つつ、感謝と献身の一年を過ごしたい。
大村 栄