聖書箇所ーマタイによる福音書16:13~28

◇「15:あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と聞かれてシモン・ペトロが「16:あなたはメシア、生ける神の子です」と答えると、「18:わたしはこの岩(ペトロ)の上にわたしの教会を建てる」とまで高く評価された。彼の遺骨の上にではなく、彼の信仰告白の上に教会が建つのだ。

◇「16:あなたはメシア、生ける神の子です」という信仰告白の上に立った教会は、「18:陰府(よみ)の力もこれに対抗できない」。そして「19:わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」。教会には天国の鍵が預けられている。

◇「21:このときから、イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。22:すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」」。

◇信仰告白を評価されて「天の国の鍵を授ける」とまで言われた彼は、少し高慢になって主イエスをいさめた。その時「23:イエスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ…」。

◇サタンはヨブ記1章で神と論争をする。サタンは「9:ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか」と、人間の信仰心なんて御利益あってのものだと疑う。主イエスがペトロに「23:サタン、引き下がれ」と叱ったのは、ペトロの信仰が打算的なものだったことを指している。それは、自己実現の野心や自己愛だ。先生の受難予告など「そんなことがあってはなりません」といさめるペトロの自己中心を主イエスは叱責される。

◇さらに「24:わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と諭される。それは文字通り自分を捨てて死ぬことではない。打算や自己実現に向かっていた自分の人生の方向や目標を変えて、「自分の十字架」、すなわち神から課せられる人生の使命や課題を生きることなのである。

◇サタンと呼ばれたペトロだが、彼に注がれる主の眼差しは慈愛に満ちている。「ああ主のひとみ、まなざしよ、三たびわが主を否みたる弱きペトロをかえりみて、赦すは誰ぞ、主ならずや」(讃美歌243)。             大村 栄