<世界聖餐日>

聖書箇所ーフィリピの信徒への手紙1:12~30

◇「フィリピ書」はパウロがローマの牢獄からフィリピ教会に宛てた「獄中書簡」である。フィリピの信徒たちは、パウロのヨーロッパにおける伝道によって得た最初の信徒であった。イスラエルの民俗宗教だったユダヤ教が、この時に、世界宣教への第一歩を踏み出したのである。

◇パウロは獄で判決を待つ身であるが、この手紙はフィリピの信徒たちに対する温かい愛情と喜びにあふれている。彼が投獄されているのは、犯罪の結果ではない。「13:わたしが監禁されているのはキリストのためである」、それを知った信徒たちがパウロの信仰ゆえの勇気ある姿を見て、「14:ますます勇敢に(広く)御言葉を語るようになった」。

◇石破茂新総理(67歳)は若き日に、日本基督教団鳥取教会で洗礼を受けている。彼の母は旧姓金森和子、その祖父は金森通倫(みちとも)という熊本洋学校の出身者。ジェーンズというアメリカ人教師の影響を受けて、小崎弘道、海老名弾正、徳富蘇峰ら共に「奉教趣意書」に署名し、キリスト教に改宗し、これを日本に広めようと盟約を交わした。

◇「熊本バンド」と呼ばれる彼らは、後に新島襄の同志社に移り、日本組合教会の基礎となった。ほかに改革長老教会の「横浜バンド」、メソジスト教会の基礎となる「札幌バンド」。日本の黎明期に、プロテスタント・キリスト教の信仰によって国を建てていこうと志した若者たちがいた。そしてこれらが後に合同して「日本基督教団」となる。

◇パウロも言う、「21:わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです」。これが初めて海を渡ってヨーロッパ伝道に命を捧げたパウロのメンタリティーであり、かつて維新後の日本に、キリスト教によって国を立てようとした信仰者たちの心意気だったのだ。

◇彼らを支えたメンタリティーの究極は「ひたすら主に喜ばれる者でありたい」(コリントⅡ5:9)という願いであった。「わが生けるは主にこそよれ、死ぬるもわが益、また幸なれ」(讃美歌337)。そういう志がパウロのヨーロッパ伝道に始まって、はるか極東熊本の金森通倫に至るまで、さらに世界に広がる信仰の歴史に語り伝えられ、証しが継承されているのである。「世界をすべたもう主よ」(讃美歌Ⅱ24)と歌いつつ。